■2016年06月18日(土)
6年半
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6月だというのに34.2℃を記録した昼下がり、掃除したての絨毯に腹這いになり、枕に肘をついて、コブラのポーズよろしく少し胃を浮かせながら新聞を読む。 ベランダから吹く風が体表の水蒸気を奪いつつ全身を撫でては流れていく。 一定の条件が重なり合った一瞬の心地よさを感じるとき、身体は時間を容易く飛び越えて何十年も前の感覚とリンクし、その至福感に浸った瞬間にさらに、私がやってきたところの根源へのトリップが可能になる。
悪夢を見ることが極端に少なくなった。見るには見るのだけど、醒める方法をマスターしたからすぐに帰ってくることができるようになったのだ。 その方法とは、トリガーとしては眼球を動かすこと。これはかつて昔M氏に教わったやり方で、眠っていても眼球を動かす神経だけは覚醒時と同じように意思通り動かすことができるらしい。 これを何度かやっているうちに自在に悪夢をシャットダウンできるようになった。 目覚めた後もしばらくは再び戻りそうになったり入眠時幻覚を見たりするのだが、そばに別の自我があればそれに触れることで、引き戻されるのを阻止することができる。
こうして一瞬眼球を動かして念じるだけで望まない世界からあるべき世界へ移ることができるのなら、未来をそんなに怖れることはないのかもしれないなとも思う。
でも。 一度夢の中で、「これは夢なのだから、何をしてもいいのだ」という考えが浮かび、何だったかは忘れたけど絶対やってはいけないことをやろうと試みたことがあるのだけど、後味が非常に悪く、超自我的にではなく何か絶対的にやってはいけないことはあって、たとえ夢の中であろうとそれはしてはいけないのだと思うようになった。
だから。 どうせうつし世は幻なのだからと感覚を鈍麻させて過ごす気にはならない。 少なくとも今は、置かれている状況の中で意識を研ぎ澄ませていようと思う。 | | |